NPO法人ぽたらか・ぽたらか日記

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◇家族がいない人の痰の吸引 2008/12/21(日)

 明日、胃瘻でしかも痰の吸引が1時間おきに必要な人が退院して帰ってくる。
病院に療養型病床が無くなっていき、特別養護老人ホームはどこも一杯で、そんな中、第二種社会福祉事業宿泊所で ある、ぽたらかが胃瘻患者を受け入れる羽目になった。

 病院は家族でない人には痰の吸引は任せられないという。
「じゃあ、ずっと預かってください」といってもそれは無理、いつまでたってもそんな押し問答が半年続き、都生活 福祉局の担当から、「本人の同意が認められるなら」という提案で四肢麻痺で発語できないその人に文字盤で「ぽた らかを家族として、吸引を任せたい」と意思表示をしてもらい、主治医がそれを確認するという方法をとった。

 在宅療養をしている患者で家族がいない、という人はいくらでもいるのだろうに、また家族がいないのに、胃瘻の 患者を追い出さなくてはいけない病院側の事情も、寂しい限りである。

 そんな中、当の本人はぽたらかに帰れるとあって私たちの姿を見ると嬉しくてたまらない様子で、笑いが止まらな い。なんで、そんな人を受け入れるの?と言う声もあるが、この笑顔を見て断れるだろうか?
ホームヘルパー2級の資格があって、身体介護の経験が深い、私を含めて3名のスタッフが病院で教育訓練を受けて、 これから24時間体制で交代で介護に当たる。
ぽたらか改修と女性寮開設をひかえて忙しいときだ。

 スタッフともども顔を見合わせて、「ほっとけないよね。」彼が家族と思ってるなら、答えてやんなくちゃ。



◇インドのケンボディ師は無事だった! 2008/11/28(金)

 昨夜、ホームページにもあるインド支部のケンボディに電話した。
彼はムンバイを州都とするマハラシュトラ州のナグプール市で、やはり、ムンバイから命からがら戻ってきたばかり という。
それでも、無事な声を聞いて、ぽたらか一同胸をなでおろした。
目の前で車が爆発したので、運転手が気を利かせて一目散にナグプールに戻ってきたけど、なにがあったのかわから ず、帰ってテレビを見て、びっくりしている、とのこと。

 インドはヒンズー教を国教とし、殆どの国民はヒンズー教だけれど、キリスト教・イスラム教・様々な宗教がある。
現在のシン首相のようにターバンを巻いているのが、シーク教。
インド人はみなターバンを巻いているように誤解されるのは、シーク教が友好的で活発だから、単に目立つと言うだ けであくまで少数派だ。
仏教もお釈迦様生誕の地ではあるけれどきわめて仏教徒は少数だった。
しかし、今から半世紀前、アウトカースト出身のアンベドカル博士が法務大臣の時に2億といわれるアウトカースト を仏教徒に転宗して差別から解放しようと試みたが、早世されてしまい、志は宙に浮いている。

 アンベドカル博士がもう少し長く生きておられたら、貧しく虐げられた人たちが、過激な行動に走るようなことは なかったかもしれない。
ヒンズー教から転宗すれば、差別の呪縛からは逃れられる。
アンベドカル博士はその後のことを説いておられた。
経済的自立、教育、社会福祉の充実など。

 今、インドでは日本人佐々井秀麗師が自称、アンベドカル博士の生まれ変わりと称して、仏教徒を1億人、ヒンズ ー教から転宗させたという。
昨年秋には7千人の男性を僧侶の格好をさせて、ニューデリーをデモ行進させた。
口々に「私はヒンズーの神を拝しない!」とこぶしをあげて歩いたそうだ。

 私とケンボディ師は大事なのはこぶしを振り上げることではなくて、アンベドカル博士のいわれたように経済的自 立、教育、社会福祉であるといつもいっているのだが、逆恨みされるばかりである。
今回のテロも貧しい人たちがイスラム教に転宗して、過激なことをしなければイスラム教内部でも認められないとば かり、歪なアイデンティティによって、暴力的になるのだ。
同じようにこぶしをふりあげてどうする。

 こぶしがそのうち銃になってはいけない。



◇秋 ぽたらか 2008/9/10(水)

 やっと、秋の気配が感じられる今日この頃。ぽたらかはいつものように人の出入りが激しいが、涼しくなるにつれて 「入り」の比率が高くなってくる。

 保護されて入寮する高齢者は順番待ちの状態だが、彼らを世話するスタッフの養成にはまことに手を焼く、「現にホ ームレスかホームレス状態の人」が求人条件だけに。
別に就労規則もなく、気ままに過ごして、働くなんざ、恵まれていると思うけど。

 「今ね、この人のテレビが落ちたの。上から下へ。」(うーん、大概上から下だね)って熊さんが隣のベッドのモリ じぃのことを教えてくれる。
要介護3の人のシャツがめくれていたのを要介護4の認知症がさりげなく直してくれる。
おもらししていたのをいやな顔もせず、自分の尿パットを差し出し「これしろや」そんな可愛らしい、じいさんばか りで楽しい職場なのに。

 単調で先の見通しがないけれど、だれも互いに無関心で構わないでいてくれるそんな職場のほうがいいのかもしれ ない。
この頃の人は。



◇暑い時には涼しい話を 2008/8/3(日)

 人間、赤の他人に下の世話までされて、最後の最後には、「有り難う」と一言くらいいうもんだ。それがここにいる 連中ときたら、「早くしろ、このくそばばあ!」そりゃないだろ!

 糞尿まみれでゴミ溜めから衰弱して発見された、Hさん、身体を清拭しようにも針金のような細い手足を振り上げて、 抵抗する。
こんなになってまで、人を信じられ無くなった、この人の人生ってどんなだったろう。
可愛そうな気もするが、こうまで罵詈雑言を聞かされると、このやろう!って思わずにはいられない。
緊急入院したとき、もう帰ってくるな!っと正直みんな思ったものだ。

 ところが、病状も一段落して、とりあえず退院するというときに、看護師が「Hさん、ぽたらかに帰りたいっていうん ですよね。今までは帰るところがなかったから、退院して帰りたいって言葉を聞いて、びっくりしました。」と聞いて、 なんとも複雑な気持ち。
「あの人にそんな人間的な感情があったなんて!ぽたらかさんのおかげです。」とワーカーまでもすがるような目で見 る。
くそっ、「断ってくださいよ、くれぐれも仏心を起こさないで」と、みんなから頼まれているのに。

 結局、最後をここで看取る結果となった。
亡くなって2,3日明け方に彼の霊が目撃された。
恨みがあってでているふうは決してない。
歩き回る元気さがあったときの様子と全く変わりなく、食堂をうろうろしていたそうだ。「ありがとう、お世話になっ たよ」って、いいたかったのかもしれない。
声は聞こえなかったけれど、霊を目撃したスタッフはそう感じたそうだ。



◇沖縄から帰ってきてインコを連れてきた! 2008/7/27(日)

 沖縄出身のOさん、やっと今朝ぽたらかに観念して帰ってきた。
台車に満杯の得体の知れないものはグチグチ言っていたけど、みな捨てさせた。
こんなときのために着るもの全部揃えていたのが、すぐに役に立った。
2階のシャワーにまず、直行!

 Oさんの台車に乗って、小さな黄色いインコも入寮した。
翼を切ってあるから、飛ぶこともできず、泣き声もたてず、誰の手にもちょこんと乗っかり、猫のように首を押しつ ける。
さっそく、連れてきたOさんのことはお構いなしで、みんな「ウンコちゃん、ウンコちゃん」と首ったけ。
来てすぐにウンコをしたから(いや、Oさんではなく、インコが)、「ウンコがインコした!いや、インコがウンコ」 とだれかが騒いだら、いつのまにかだれともなく、「ウンコちゃん」となってしまった。

ぽたらかにいると、オットセイや熊のラマーズ法の真似をされてもこまるし、(夜中のぽたらか音)猫みたいなネズ ミがいるんで、ネズミに食べられるのがなにより、心配。
で、自宅に連れて帰ることにした。

 肝心のOさんは、健康診断を受けさせて、住民票を復活させて、何か出来る仕事を見つけさせてやりたい。
まだ。45歳だから、このまま生活保護を受けるわけにはいかないだろう。

 今年は平成大修理をやりたいんで、金が要る。
黄色いインコの「ウンコちゃん」が福の神だったらいいんだけど。



◇夏は外は暑いって! 2008/7/20(日)

2度目の窃盗で懲役2年を求刑されたAさん、ぎりぎり1年半の温情判決だった。
「今度こそ、素直に『ただいまーっ』て、ぽたらかへかえっていきます」と綺麗な字で拘置所から手紙が届いた。
前回入所したときは手紙の端に検閲の桜のはんこがあったが、今度は二重丸だった。
これもあの島帰りの入れ墨のしるしだったりしてー。

 さて、Aさんが前回捕まった頃にいた、沖縄のOさん。
まだ若いから(40歳後半)仕事が見つかって寮をでていったのに、未だに近くの橋の下にいる。
缶拾いしている姿によく出会う。
「そろそろ帰っておいで」「え、帰って良いの?」「うん、よいよ、しんどくなったらね。」そういったら遠慮した のか、なかなか顔を覗かせないから、もう一度声をかけた。
「住所を定めて、携帯でも持ってないと仕事なんてみつかんないでしょ。意地張ってないで帰ってきな。」「そうな んだよね。そうしよか、暑いしね、毎日」

 失踪病のHさん。
予想通り、だんだんと目撃範囲が狭まってきた。
でも、今度こそ自分から帰ってこなきゃ入れないようにしないと同じ事の繰り返しだから、敢えてほっておくことに した。
なにせ暑いもんね。



◇また裁判にいってきました! 2008/7/9(水)

 ぽたらかにいるときについお酒を飲んで一冊の雑誌を万引きしてしまったAさん、前にも本を万引きして執行猶予 中だったので、その時は実刑1年。
その時の公判にも証人として出廷し、「出所したら待っている」と証言をした
。 その時の検事官はいい人で、「前に刑務所から出所したときは誰も迎えがなかったということですが、今回はあのよ うにいってくださる方がおられて、どうですか?」と被告人に聞いていた。
Aさんはたまらず、うれしいといって泣いていた。

 でも、彼は出所しても帰ってこなかった。
「申し訳なくて顔向けができなかった」と再会したときにそういっていた。

 また、やはり同じように本を万引きしてのことだった。
私も前回と同じようにぽたらかに帰ってくれば絶対にこのようなことはさせません」と証言したが。
検事官は彼が何度も窃盗を繰り返していて、いくら額が小さくても小売店業者にとっては死活問題です。
このことについてどうおもうか?と聞いてきた。

 「窃盗はどんな事情があっても悪いには違いありませんが、280円の窃盗で実刑1年とは、腑に落ちませんで した」と思わずいってしまったら、「貴方とここで量刑のことで議論するつもりはありません」とピシャっと言わ れてしまった。
そして、Aさんには懲役2年が求刑されてしまった。

 長期間拘束したからといって、窃盗癖が治るとは到底、思えないのだが。
それより、一度でも刑務所に入ったら世間の目は厳しく、身元引受人やまして保釈金を払ってくれる身内のない人 は満期出所しなければならない。
出てもいくところはなく、働くところもない。
で、また塀の中に戻りたがる、悪循環。

 Aさんはそんなにアルコール依存症というほど、お酒を飲む人ではない。
でも、お酒を飲むと自制心が無くなる(誰でもそうだが)。
食べるものに最低限のお金を使う。しかし本は、好きだから我慢できない。 どうすれば、窃盗癖がなおるか。
仲間で見守るしかないとおもう。
みんなに迷惑を掛ける、一人ではないんだということを分かってもらうことしかないのではないか。



◇現代版千両みかん 2008/7/6(日)

 66歳になるまで年金のことはずっと無頓着でいたOさん、1年前、兄弟達が訪ねてきて、「実は亡くなったお母さん が年金を掛けてくれていたのだ」と喜んだのもつかの間、「それを流用させてもらったから、はんこを押してくれ」と の話の内容だった。
でも、Oさん、お母さんが自分のことを心配して年金を払ってくれていたことにうれしくて、上機嫌ではんこをついた。
それから1年、年金を担保の借金は返済期間が1年のみだが、とおもって調べてみたら、案の定今月から全額もらえるこ とがわかった。
早速、通帳とカードの紛失届をだして再交付してもらい、晴れて月4万円強のお金が棚からぼた餅で落ちてきたOさん。
アパートの家賃は出してあげるから、毎日顔を出してぽたらかの仕事を働けなくなってもいいから、続けなさい。
一生死ぬまでこれでなんとか生きていけるようにしてあげるから、お母さんに感謝しなさいよ。
といっておいたのだが、2ヶ月に9万円、月にして4万円ちょっと、一晩飲み屋で使い切る額だ。
まさかね、いくらなんでもそこまでばかじゃなかろうと、一抹の不安はあったけれど、自分で管理するように通帳を渡 しておいたら、──やっぱりばかだった。

 4万円の年金が入るからって、住むところがなきゃ、どうすんだよ。
ばかだねえ。
と、ぽたらか出入りの人はOさんがいないことに気がついて異口同音にこういう。
どうせ寒くなって、「すいませんでした!」って頭さげりゃなんとかなるとおもってるんだろうけれど、甘い!
その日のうちに部屋は片づけた。

仏の顔も三度っていうけど、三度どころじゃない、何度目だとおもっていやがる!!



◇1冊の本を万引き 実刑1年そして3度目! 2008/7/1(火)

 「以前、そちらにいたAさんですが、また軽微な犯罪で捕まってしまいまして、今回も実刑は逃れられないでしょう が、少しでも情状酌量されるように、上申書を書いていただけるでしょうか?」
と、ある法律事務所から電話がはいった。

 Aさんとは、3年前ぽたらかに入寮していてまだ57歳(当時)と若く、福祉課からは自立を求められ、ぽたらかで主催 したガイドヘルパー養成研修を受講した人だ。
口蓋裂で言語が不明のため、ガイドヘルパーには不向きだったが、真面目な人で寮の要介護の高齢者の世話をよくして くれていた。

 ある日、どやどやと数人の警官が乱入して、Aさんを連行していった。
一体なんの騒ぎかと警察にのりこんでやっと、たった1冊の雑誌を盗んだ罪だということがわかったが。
それもその1年前、やはり本を盗んで執行猶予期間が切れていなかった時だった。
したがって、たった280円の窃盗でも実刑1年は逃れられなかったのだ。

 出所したら、ぽたらかに帰って二度と同じ事を繰り返させないよう更正させますからと、その時も上申書を書いたの だが、合わす顔がないからといって帰ってこなかった。

 その後もみんなでAさん、どうしているんだろう。
とうわさしていたのだが、案外に近くの公園で野宿をしていたらしい。
そして、また今度もコンビニで本を窃盗しようとしてのことだった。
たいがい、腹を空かして食べ物か酒を盗むものだが、よくよく本が好きなのか?
いや、2度目の時は別にお金がないわけではなかったから、お酒が入っていたずら心でやったのだろう。
しかし、3度目は。
つらかったのだろう、娑婆の空気が。
辛くてまた塀の中に入りたくてやったのだろう。
本を隠そうともせず、外へ出ようとしたらしい。

 その顔の障害のため、学校でも虐められたのだろう。
満足な教育は受けられなかったらしい。
でも、Aさんの字はペン習字のお手本のようにいつもきれいだった。ペン習字の本を買って、一生懸命練習したらしい。 そんな人だから、要領が悪いのだ。

 もう、私のパソコンには上申書のフォーマットが出来ている。



◇棺桶用意してればみんな奇跡的に回復! 2008/6/11(水)

 3年前にここを失踪した歩行困難の男、帰ってくる。
たぶん、当たり屋だったのか、交通事故で足が硬直したまま曲がらない58歳の男性が、入寮してきたのは2年前。
巨漢だったので、3人がかりで通院のたびに階段を上下して、3ヶ月くらい経ったある日、友達を名乗る男が訪ねてき て、外へ出たきり、帰ってこなくなった。

 そしてつい先日、茨城の病院から連絡があって、その男が意識不明で運ばれているという。
うちに住所を設定しているので、ぽたらかへ連絡があったのだろう。
何はともあれ、面会に出かけた。

 病院へ運ばれる前は警察で取調中だったという。
歩けない男が何が出来る。
また、昔のやくざ仲間に利用されたのか。
最後はぽたらかで葬式でもしてやるかとおもって、行ったのだが。
奇跡的にその朝、人工呼吸器を外すことができて、意識が戻ったという。

 意識が戻ったその顔の前に、私が顔を近づけてやったら、さすがに度肝を抜いていた。
お父さんが彼を引き取ると名乗り出ていたそうなので、「お父さんの所へ帰るの?」と聞いたら、「と、とし、とし」 「お父さんは歳だから、迷惑かけたくないってか?」「そ、そう」もう、なにがいいたいのか、すぐわかる。
「か、帰りたい、ぽ、ぽたらかへ」と、涙を浮かべていた。
退院してお父さんの了解を得たら、また迎えにきます、とコーディネーターに言い残してきたが、まだ連絡はない。

 余命、半年といわれて、1年が過ぎた男、救急車でまた運ばれた。
この男こそ、もうだめだろうといわれていたので、棺桶まで用意してあったのに、奇跡的に息を吹き返して近々帰って くる。
墓を生きているうちに用意すると長生きするとよく言われるが、棺桶を用意すると危篤状態でも生き返るらしい。

 ここに、まだ当分使うことのない、棺桶が私の隣にすっくと立っている。



◇ユキオと名付けた迷い犬 2008/5/15(木)

mayoiken  今朝、ぽたらかに来てみると、1匹の犬が入り口に座って落ち着いていた。
開口一番、「おや、Fさんの生まれ変わり?」と近づいていくと、「みんな同じ事を言っている。」と中から。
なぜか中に入ろうとして、ここを動かないんだという。
見れば、今年の鑑札を付けている。かなりの老犬だ。

 Fさんが、失踪して1週間になる。
ホームヘルパー2級養成講座の実習前に飛び出して、帰ってきたばかりだった。
実習は毎日送り迎えをして、何とか終えて修了証を手にした。
「がんばんなきゃね!もう、出て行かないよ。ここに骨を埋めるよ。約束だかんね。」といっていた、その舌の根も乾 かないうちに、失踪した。
もう、病気だ。

 死んだ訳じゃない、今頃は浅草でだれかが迎えに来てくれるのを待っているのだろう。
しかも、出て行って運が悪く、ずっと冷たい雨が降り続いて。
しかし、今回は少し、頭を冷やさなければいけないので、ほっとくことにした。

 その上、Fさんにしては益々不幸なことに、昨日は寿町から、その前は葛飾自立支援寮から、介護の仕事がしたいと 自ら望んで面接に来た人を雇用することにした。
ベッドもロッカーもFさんのが無くなっていく。
早く帰らないと居場所がなくなっていくぞ。
いつ帰ってもいつまでも居場所があると思うなよ。
下手すると今度はランの犬小屋のお古になるかも、といっていたら、今朝は1匹の犬が門前に。
オイオイ!
でも、その犬は鑑札を付けていたんで、隣のお巡りさんが住所がわかったと、連れて行った。
でも、飼い主がいなかったら、また帰ってくるかも、な。
せっかく、Fさんの下の名前「ユキオ!」って呼んだらなついていたのに。



◇花見だ花見だ 2008/4/4(金)

2008hanami  ぽたらか恒例花見の会は今年で6回目になる。 花見が終わると誰かが失踪している。 去年もHさん、「選挙にいく」といって、帰ってこなかったな。

 出戻って半年が過ぎるが、今やホームヘルパー2級の養成講座に命を懸けて通っている。
外出して少しでも帰りが遅くなると、「選挙か?」とからかわれているが、もう大丈夫だろう、たぶん。

 その点、今年の花見は変化が無くておもしろくない。
30年間閉鎖病棟にいた、むらジーは大勢で外で弁当を食べるのも、いくら大声で歌を歌っても叱られないばかりか、今 日は一曲ごとに拍手がくるってんで、うれしくてしようがない。

 ヒロポン中毒だった熊さんはなんだか楽しくて、酒が飲めないからタバコをふかしすぎて、心臓発作がきてしまった。 21歳の若者も81歳の認知症も、花吹雪の下で良い気持ち。

 なんとも平和は花見だったな、今年は。



◇共同墓地 2008/2/15(金)

 人が死んだら、そのお骨をどうするか?
電車に忘れたふりをして置いておく、そういうわけにもいかない。
お墓は高い。
場所がない。
身寄りがない人はどうするんだろう。
自分でお墓を買って、永代供養料をすでに納めている人ならいいが、身寄りがない、金がない、そんなナイナイづくめ の人は?

 人間はいつかは死ぬ。
死ぬために生きているようなものだ。
いまさら、死ぬことが怖いわけではない。
一人で死ぬことが怖いのだ。
死んでも誰も気づいてもらえない、だれもその死を悼んでもらえないとしたら、その恐怖はいかばかりか。

 そこでぽたらかは助葬事業といって、身寄りのない人、行旅死亡人の葬送ばかりではなく、行き場のない無縁仏を地 下で暖かく抱き留めるためにぽたらか共同墓地を建立することになった。
茨城県水戸市の浄土真宗のお寺さんが無償で建立してくださるという。

 墓碑には「倶会一処」と刻まれることだろう。
キリスト教信者もあるだろうから、極楽ではなく天国でいつかまたお会いしましょうね、ということ。
この世で寂しくつらい思いをしたその分、きっとあの世では楽しい思いをするでしょう。
プラスマイナス、ゼロですねん。



◇焼けこげた黒い大地に白い雪 2008/2/5(火)

shousiato  1月31日中学生グループに火をつけられて焼死したホームレス男性。 その現場に花を手向けた。
場所を聞くため、現場近くに立っていた警備員と小屋がけをしていた人に道を尋ねた。
みんな丁寧に案内してくれて、深く感謝の眼差しで頭を下げてくれた。

 現場は広く焼けただれて、被害者の男性は自分の小屋から十数メートル逃げまどい、火に巻かれて死んだその場所は 黒い土と白い雪が溶けてぬかるんでいた。
警察が現場検証したような跡もなく、だれひとりとして足を踏み入れた様子もない、殺風景な風景である。
男性の遺体は家族が引き取りに来て還っていったと聞く。
それがせめてもの救いだ。
現場に花とホッカイロ、カップ酒のふたを空けて、線香代わりにタバコに火をつけて念仏を称えた。

 そして、最後に写真を撮ったのがこれだ。
光のいたずらか、黒く焼けこげた土の上に若草色の草のようなものとピンクの花が無数に咲き乱れているように見える。
私には男性を天に導いてくださる神仏の最高のプレゼントではないかと思える。
殺人ゲームのようにこともなげに人の命を奪う、子供達も許してあげようという男性のあるいは気持ちなのかもしれない。

 帰りに再び頭を下げてくれた警備員の姿を見て、少なくとも加害者の子供達より、この男性は暖かい人の輪に包まれて いたのではないかと思うのだった。



◇ガチャピン、ムックり起きてきた! 2008/1/27(日)

kigurumi

 よえっちゃん、おむつはずしするから、ガチャピンの着ぐるみパジャマ着せてやった。
暖かいので本人たいそうお気に入りで着て寝ている。
あまりにも可愛いので、施設長がみんなに写メール送った。

 「この蛙、冬眠しないんですか」「蛙じゃないよ、ガチャピンだよ」「あ、ガチャピンですか。じゃ、冬眠しないです ね。しばらく冬眠していてくれたほうがみんなも楽でしょうに。」
確かに。蛙の着ぐるみのほうがよかったかな。

         


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