NPO法人ぽたらか・ぽたらか日記2011

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◇早くしないとこんな可愛い子もういないよ 2011/11/14(月)

hisaiinu
 福島から譲り受けたわんちゃんです。
まだ子供を産んだばかりでその子たちは貰い手がすぐにあって引き取られたけれど、体がお乳をださなくちゃって要求 するんで、すごい食欲。
ただ、虫を見ると夢中になって追いかけて食べようとするんで、この8ヶ月どんな生活をしてきたか、想像すると可愛 そうになる。

必死にお腹の子供の為に虫や蛇を捕って食べてたんだろうなあ。
それでも震災前は室内で多分お年寄りに可愛がられていたんだとおもう。
外のアスファルトを駆け回っているとこんなには爪が伸びていないもの。

だっこされるのはいやがるけど、そっと膝に足をのっけてすりよってくる。 人に媚びないし、凛としているけど、人を恨んではいない。




◇連れて逃げてよ~ 2011/10/9(日)

 橋の下から一人の認知症おじいちゃんを拾ってきて福祉事務所へ保護申請をしてあげて、うちへ連れてきてくれた 奇特な人がいる。
亡くなった父親に似ているからといって、外出に連れ出したり、旅行に連れて行ったり、はては休みの日にはボラン ティアでうちの夜勤をしてくれたりで大変ありがたいことと思っていたけれど。
そのおじいちゃんだけにお土産を持ってきて、夜勤なのに他の入寮者がトイレで転んでいても助け起こそうとはせず、 まったくの無関心。
私たちは一人だけに手をかけてあげるわけにはいかず、わがままはほどほどしか聞いてあげることが出来ない。
それが不満で日に日に我侭はエスカレートする。
注目してくれないと、「あだまがいでえ。」が始まる。
子供の登校拒否の時のようなあれである。

 個室で介護の手の行き届いた施設を申し込んでいた矢先、じいちゃんを連れてきたその人が、夜中じいちゃんを連れ 去っていった。
赤の他人でも世帯主に収入があれば、じいちゃんの生活保護は切られますよ、と忠告してあったのだが…。
区の福祉事務所は「この人はこれで三度目なんですよ」。
橋の下から老人を拾ってきては保護を受けさせ世話をする。
とはいっても自分一人では面倒を見切れない。
施設に入れると、家族でもないのに文句をいいにいく。
「一体なにがしたいのか?」

 結局、拾ってきた老人たちは元のホームレスに逆戻り。
このじいちゃんだけではない。
みんな家族がないか家族に見離されてここにいる。
突然息子のような人が現れて自分だけをちやほやしてくれる。
どんなにうれしかったことだろう。
でも、犬の子じゃない。
仕事でいないときも黙って帰りを待っていることなんか出来るわけがない、バリバリ痴呆である。
深夜だろうと早朝だろうと大声だす、徘徊する。
被害妄想が始まる。失禁するわ、糞こねするわ。
それでも家族がいるものは家族が、ここにいるかぎりは私たちが、日夜奮闘しているのである。
そこには空しさも自己満足もない。
ほっとくわけにはいかんでしょう。

どうしてんだろうか、自己満足から目覚めた朝は。



◇── 托鉢 ── 2011/9/23(金)

 うちに最近プーさんが見習いスタッフとしておいでになったんですけど、前借しておきながらまだ新宿で『托鉢』 をやっていて、この間テレビ局から24時間密着取材をしたいといわれているんで受けたという。

 んー、あなたね。
お外で個人的に取材を受けるのはご自由ですけど、24時間って、勝手にうちに来られるのは困りますよ。
第一、 その托鉢って何?
托鉢って言葉簡単に使うんじゃないよ。
托鉢っていうのはサンスクリットの音訳なの。
ビクがタクになったんだけど、比丘ってのは仏教僧のことをいうの。
つまり、お坊さんしかやってはいけないの。
あなたのはそれ何、チャリティかなにかの募金?
「いえ、個人的な募金です。」
それじゃ、托鉢でも募金でもなくて乞食ですね。
「いえ、托鉢です。だってぼくは声をださないで人に何も渡さないでたっているだけだから。」

…(だから、それが乞食だというのに)…。



◇1週間で100万円!ぼったくり病院 2011/9/16(金)

 季節の変り目だからなのか、次々といろんなことが起きる。
チベットの男性、胆石で入院して胆嚢を取った病院がこの辺では超評判の悪い病院。
心配になった彼が(私はカメルーンの男性の手の手術に立ち会うため留守だった)「私は難民です。保険証がないし働 けないので20万か30万円に入院費も含めて込みでお願いします。」と必死に頼んで身を任せた。

 それが先日、1週間の入院の後、私は請求書を渡されて卒倒しそうになった。
ナント!ひ、百四万円!!!!
20万円しか、用意してきていない。
彼は2,30万円の約束だったと主張するが、もう腹を切られて、腹をくくるしかない。
「すみません、彼は働くことが出来ないので有償ボランティアでもしながら頑張って、これからは彼が毎月1万円ずつ、 ここに持ってきますから、7年間の分割にしてやってください。」と。
事務長が「強制送還になったり、入管に収容されたらどうしますか?」というんで、「そういうことになりそうだった ら、一筆書いてもらえますか?」と頼んどいた。

 ここ墨田では日本人と同じようにまたそれ以下で丁寧に診てくれる個人病院はいくらでもある。
医は仁術もあれば、医は算術のこんなやばいところもある。
「なにやってんのよー、ばあさん、とろとろすんじゃないわよー。」とくわえ煙草で茶髪のヤンキー看護婦が点滴の キャスターを乱暴にひっぱって病院内を老女をつれて歩くあの姿が目に焼きついている。

 7年完済する頃にはあの病院はつぶれているって…。



◇餓死衰弱死 2011/8/26(金)

 「警察のものですが、○○さんてお宅に勤めていたんですか?」。
何時間か前、そのSさんのアパートの前にパトカーと人だかりがしていたから、なんだろうとさてはけんかでもした のか。
「なにかやらかしましたか?」「いえ、変死体で発見されました。」え?えーっ!!

 あの派遣村で世間が揺れたとき、たくさんの求人広告の中から、一番条件の悪いぽたらかを選んで、埼玉から自転車 に世帯道具をつんで、面接にきてくれたSさん。
あれから3年になる。
ホームヘルパー2級の資格をとって、友人の介護事業所に勤めながら、よく手伝ってくれた。
その間に一度やめるといってアパートを借りてでていったことがある。
でも、その数ヵ月後、ホームレス同様の暮らしをしていると聞いて帰ってまた手伝ってくれないかとたのんだ。

 うちは去るものは追わず、来るものは拒まずだから、なんどでも帰りたくなったら、帰ってきな、といってあるの に、本人は誰にも迷惑かけたくない、の一心でまた出て行ってしまった。
しかし、今度は帰ってこなかった。
近くにアパートを借りているようで元気な姿をみていたから、安心はしていた。
ホームヘルパーの仕事を続けていれば月30万円はもらっていたのに、最近は時々引越しのバイトをしてその日暮らし だったようだ。
ちょっと声をかければ、仲間がいる。
親だって兄弟だって決して疎遠ではなかったのに。
ぽたらかのスタッフの一人には「水も食べるものもとらなかったら、人間はどのくらいで死ぬのだろう。」と話してい たそうだ。
そのころからすでにうつのきざしはあったのだろうか。

 警察の霊安室で対面した彼は生前の見る影もなく、やせさらばえて無精ひげを伸ばして「ああ、衰弱死だ」とすぐに わかった。
霊安室に行く前に私は喉が焼け付くように渇きを覚えて、署員に買ってきてもらっていたその水を警察官の制止も聞か ず、一口彼の口に注いだ。
そのとたん、私の渇きはとまった。

 翌日北海道から駆けつけた家族の手によって荼毘にふされ、その日のうちにアパートの片付けを頼まれた私たちは 家族と管理人の立会いのもと部屋に入った。
服と布団とテーブルだけの簡素な部屋である。
テーブルの上には繰り返し使ったようなペットボトルに水が入っている。
これを目の前にして水絶ちをしていたのか。
なんと修験者のような固い決意のことか。
この夏の暑さでは水分をとらなければ3日で死ぬ。

 なぜか財布や銀行のカードだけがない。
落としたか、盗まれたか。
大した額はなかったろうが、そのことで心が折れてしまったのかもしれない。
いや、それよりもうつの死への誘惑はそれほどに避けがたかったのか。
今、2万人を超える生きたかった人たちが、命を奪われ、多くの人たちが助けられなかったことを悔いて苦しんでいる というのに。
自分は誰にも迷惑をかけられないと思って死を選ぶのだろうが、残されたものはたまったもんじゃない。
なぜ気づいてあげられなかったんだろうという自責の思いにこれからも苦しんでいくのだから。
享年46歳。



◇佐藤法務事務所──高田馬場 2011/8/8(月)

 「ただ今、この番号は使われておりません。」やっぱり、案の定やられた!
アリさんは裁判を起こすのでお金を貸してほしい、働いて返すからと30万借りていった。
東入国管理センターに震災後部屋ががら空きなのでという理由で拘束されてから、代わりに領収書を請求するので教え てもらった番号でかけてみた。
電話番号で検索してみたらホームページがあった(今はない!)。
アリさんは弁護士だといっていたけれど、行政書士じゃん!
もちろん、外国人にゃわからないだろうけど。
こりゃだまされているとわかった。

 みんなに聞いてみた。
アリさんが入管前で配っていたビラを持って帰った。
15万円と書いてあったのでみんなはそんなお金はないので相手にしなかったけれど、アリさんは弁護士費用とすれば 安いと思ったのか、依頼した。
ところがすぐにもう着手しているのでキャンセルはできない。
後の15万円をよこせと(詐欺の常套手段)。
アリさんの30万円は安いほうだった。
80万円、100万円もだまされて払った難民もいるそうだ。
わらをもすがる思いで借金をして用立てたお金だろう。
ただでさえ、仮放免の保証金に30万円、50万円といるというのに。

 なんでこんな可愛そうな人たちを餌食にするかな。
まさか法治国家の日本でこんな目に会おうとは思ってもなかっただろうに。
だから、あえて実名を出す。
カネカエセ。



◇桜は元来、平和を願って植えられてきたもの 2011/4/20(水)

難民被災地ボランティア  在日外国人が次々に帰っていくけれど、「みなはうす」の住人は国を追われてきているから帰るところがない。
日本を第二の故郷と思っているから、今回のこともみんな心を痛めている。
すぐにでもボランティアに飛んで行きたいのに「旅行許可申請」をだしたら、被災地3県に立ち入りを禁止する、との こと。
入管からしてみればただのオーバースティなのか。
私たちNPO法人のボランティア証明を身につけて活動させることにして、2~3人づつ1週間ごとの交代で福島宮城と ボランティアにいかせることになった。

 「ありがとう、ママ。僕たちにチャンスをくれて」。
日本の人たちのために何かしたいとこんな純粋な気持ちをボランティアにいこうなんぞ、図々しいと禁止する入管っ て、一体なんなんだ?
今回原発が怖くて帰国した外国人は再入国させない方針らしいけど。
それもいいかもしれない面があるにはあるが。

 そんな中、日本に残って被災地にボランティアにいこうとおもってくれる外国人にはもっと人間的な配慮をみせても いいんじゃないの?
自粛ムードの中、寂しく咲く桜を見に松戸の公園までいってきた。
もちろん、イスラムの人が多いんでお酒なしで。



◇ランの死 2011/3/7(月)

介護犬ラン  ペットの葬式を人間以上に手厚くすることに正直、疑問を以前は抱いていたのだが、うちのゴールデンは優秀なスタ ッフだから、寮のじいちゃんが死んだときさえもこんなに豪華に送ってやらなかったなあ。

 1年前、みんなで手術のお金を出し合って、表層の癌は取ったのだが。
私がタイに行っている間、ランは自力で体を起こすこともできなくなっていた。
体をぶるぶる震わせて、ときおり振り絞るように鳴く。
2階のベランダに天気のいいときは外にだして、たらいに湯を張って体を洗ってやる。
尻尾のところを穴を開けて紙おむつをしてやる。
スタッフもじいさんたちよりは親身に介護している。

 でも、もうみていられない。
「楽にさせてやろうよ」。
みんなの意見がまとまり、動物病院へ連れて行くことにした。
30Kgはある巨体を1階の食堂に降ろしたら、喜んで尻尾だけを振っているのがいじらしい。
公園に捨てられる前は室内で飼われていたらしい。
だから、夏の暑いときなどは下に降ろしてやると喜んで嬉ションしていたものだ。
室内で飼うことが出来ないので、寮では看取ってやることができない。
だから安楽死を選択した。
もう限界だったのか、注射の針を刺して3秒で息を引き取った。
「ランちゃん、Hさんを呼びにいきな。」と呼びかけてやった。

 2週間前、失踪したHさん。
ランが喜んで階段を駆け下りる。
小柄な体で引きずり回されているHさん、みんなで「おやおや。ランちゃんご苦労だね。Hさんを散歩させてるのかい ?」とからかわれていたものだった。

 みんなのアイドル、癒し犬だった。
有難うね。ランちゃん、先に逝ったじいちゃんたちをよろしくね。



◇私だったら大暴れしてる 2011/2/4(金)

 マリ共和国からの難民、シーラ。
拘束されて1年半になる。
ある日、コレクトコールで電話がきて、始めてまだ収容所にいることを知った。
「誰も尋ねてこないの?じゃ、保証人になってあげようか?」うちに来て1ヶ月も経たないうちに捕まったので、顔も まだ覚えていない仲だったけど。
私は仮放免申請をだした。

 しかし、その後も無しのつぶて。
ついにシーラはしびれを切らした。
「ママさん、僕はもうマリに帰るよ。もうこれ以上ここにいると気が狂いそうになる。」「そうか、確かにね、でたっ てまた半年で拘束される。働けないし、お金も無い。しかたないかなあ。でも、強制送還されるとどういう目にあうか わからないけど、自費で帰るんならまた、いつかは日本に来られる。帰るか?じゃ、私が飛行機代くらいだすよ。」

 保証金50万円をださなきゃいけないかとびくびくしていたところだ。
それに比べりゃ飛行機代くらい。
入管に電話した。
私が立て替えますって。
そしたら、淡々と、「じゃ、14,5万くらいかかりますから、明日送ってください」と。
ナンじゃ、そのアバウトさは。14万か15万か。
しかし、私は14万円送って、土産にノートパソコンをおくってやることにした。
すると、シーラから電話があり「ママ、入管は前にマリに帰るなら国費で帰すといっていた。このお金はママに返す。 約束が違うよ。もう一度仮放免申請して。」と興奮してた。
私は「シーラ、あなたの悔しい気持ちはよくわかるよ。あなたは何も悪いことをしていないのに日本にきてからずっ と収容所で、その上自分のお金で帰れなんてね。私があなただったら、そこで大暴れしているよ。でもね、いまここ で仮放免申請しても認めてくれるわけがない。そうでしょ。ここはぐっとこらえてやってよ。代わりにあなたの悔し い気持ち、日本人に少しでも知ってもらうようにがんばるよ。あなたはまだ若いんだから、またいつかは日本に来れ る日が来る。ごめんね、なにもしてあげられなくて。」
電話口の彼は泣いていた。
「そんなことはない。ママはよく頑張ってくれた。ママだけだった。ありがとう。」

 その2日後まだ帰国までは時間がかかるといっていたから、私は牛久に面会にいった。
ところがシーラはもういないという。
せめて私が送ったノートパソコンは間に合ったのか?
刑務所だって入所者の郵便物は管理している。
しかし、誰に聞いても間に合わなければ返送されるでしょ、っとそっけない態度。
そういう問題じゃない!!



◇悲劇は時として喜劇になることもある 2011/1/26(水)

 「笑ってはいけない話だ。」とひとしきり笑いをこらえてみんな最後にこう言う。
でも、なんでおかしいのだろう。
3畳一間のオンボロアパートにすんでいるうちの64歳になるスタッフの大家さんから電話がかかってきた。
「○○さんのところに女性が住んでいる!」「えーっ??」「その女性の死体があるって警察に通報があったんだけ ど!」「ええーっ!!??」今警察が来ているんだけど。」「え、えーっ!!!!!?????????」
一体なんのことだあ?
慌てて携帯で呼び出す。
要領を得ない彼の話を要約すると、今朝白髭橋のたもとで女性親子連れがいたので声をかけた。
おばあさんのほうが寝ていないというので、とりあえず自分のアパートへ連れて帰った。
益々具合が悪くなったので救急車を呼んで病院に運んだら、死んでしまった。
娘のほうは知的障害のようだったーというもの。

 「だから、なんで橋の下ですぐに救急車を呼ぶか私たちに連絡しないの?犬猫じゃあるまいし、勝手に人間を拾って くんなよ。」「いえ、一休みさせようと思って連れて帰っただけですう。」「白髭端からあんたんちは何キロあるとお もってんの?橋の下で虫の息だったところを歩かせてとどめをさしたわけね。」
「???」わかるわけないか。

 それにしても、あの汚い部屋に女の死体なんて余りにも想像つかないから笑ってしまうんですけど。
でも、彼に下心があるわけじゃなく、善意の塊なんだな。




         

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ぽたらかとは古代インドの言葉で現実の理想国土という意味です
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